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胆石闘病(?)記

【2002年6月】

毎年受けてる人間ドックの超音波診断で胆石(1cm程度)発見。
前年までのドックでは2年連続で「5mmくらいのポリープが胆嚢にありますねぇ」だったのだが、そのポリープが消えて(?)結石が発見された。
医者が「特に痛くなければあわてて処置したりする必要ないですよ」と言っていたので、そのままほったらかすことに決定。
【2002年9月】

カミさんの実家でみんなで昼にピザを食べ、さてそろそろ夕食の準備を始めるかという時間(16:00頃)、なにやら胃が膨満感というか張ってる感じがしてきた。しばらくはそのまま子供らと遊んでいたのだが、なんとなく痛くなってきた。なんというか胃がはち切れるくらい食べて苦しいのに前屈して胃が張り裂けるかもしれないという感じの痛み(←わかるようなわからんような(笑))。
激しい胃炎だと思い、胃薬を飲むがとても夕飯を食べる気にならない。夕飯は食べずにそのまま休む。
1〜2時間後になんとなく楽になり「あぁ、薬が効いてきた。やっぱり胃炎だ。」と・・・。(←ここが全ての誤りの始まり(笑)
【2002年11月】

夕飯に何を食べたかは忘れたが、夜中に胃周辺(みぞおちとも言う(笑))の激痛で目が覚める。「あぁ、9月の時と同じ胃炎だ。」と思い、胃薬を飲んで横になるが一向に楽にならない(あたりまえ(笑))。うとうと寝ては痛みで目が覚め、しばらく苦しんではうとうとし・・・を2時間位繰り返し、その後吐いたら楽になった。
【2003年1月16日/17日】

11月と同様、夜中に激痛で目が覚める。9月11月と比べて、今回のは「超」が付く激痛・・・。吐き気もするし、痛くて動けない。尋常じゃない痛みにさすがに恐怖感を覚え、「病院行きたい。夜間やってる病院探して。」とカミさんを起こす。駅の側で夜間受け付けている病院を見つけ、電話してみると「いつでもいらして下さい」との事だったので、タクシーを呼ぼうとするが空車がないということなので、自力(自転車)で病院に向かう。

当直医:「どうしました」
私:「眠れないくらい胃が痛くて・・・」
当直医:「人間ドックとかやってます?その時になにか言われませんでした?」
私:「あ、胆嚢の中に1cmくらいの胆石があるとか・・・」
当直医:「胆嚢結石?どれどれ・・・(みぞおちから肝臓周辺を触診)ありゃ、胆石症だね。しょっちゅう?」
私:「去年去年の9月に1回、11月に1回、今回で3回目です。」
当直医:「黄疸も出てないから、とりあえず対処療法だけど、今回は痛み止め打っとくね。」

てな感じで痛み止めを打ってもらい、胆嚢結石の場合の疝痛発作の発生の仕組みを教わり帰宅。家に帰り着く頃には痛みも治まり熟睡。
翌日、血液検査、腹部レントゲンで「確かに胆石がある(しかも3個)」ことを確認され、当面は内科的治療(薬で溶かす)をしていこうということで通院開始。ウルソサン50mg錠(胆汁の流れをよくして、肝臓を守る)を服用開始。

[このとき教わった疝痛発作発生と痛み止めのメカニズム(笑)]
(1)ご飯食べる(特に脂っこいものや、脂っこくなくても大量にとか)
(2)大量の脂や食物を消化しなければならないので、肝臓から胆汁が排出され、さらに胆嚢が収縮(胆嚢は胆汁を溜めておき、濃縮する)し胆汁を排出しようとする。
(3)この時、胆嚢内(胆嚢結石であれば)の石が胆嚢出口の管を塞いでしまう。でも胆嚢は消化活動の為に収縮を続けようとするので、胆嚢が炎症を起こし始めて痛くなる。(これでみぞおちあたりが痛くなる)
(4)痛み止め(この時の処方はブスコパン)は、痛みを取り除くものではなく、副交感神経支配の腹部中空臓器の壁質内神経節に作用し,神経伝達を遮断・・・つまり、内臓の動きを止めて胆嚢の収縮を止め、結果的に痛みが収まるものなので、連続して服用しないこと。
【2003年3月6日】

2ヶ月弱、調子よく過ごしてきたのだが、朝食べた「コロッケ1個」が命中したらしく、職場に着いた頃に激痛。幸いな事に職場のすぐ隣に内科の医院があったので、そこに飛び込み「すいませんブスコパン打って下さい」(笑)。
痛み止め打ってもらい、会社は早退し、そのまま通院している病院へ。医者曰く「もうちょっと積極的に胆石を溶かす薬出しましょう」って事で従来服用していたウルソサンに加え、ジノストリン錠(肝臓の働きを助ける)、チノ125mgカプセル(胆石を溶かす)が追加される。
【2003年3月16日】

夜中に再び激痛。今回は我慢する前に病院へ。
当直医が結構きびしい人で、カルテでここまでの履歴を見て、「一応痛み止め打つけど、すぐに入院して手術した方がいいよ。ここんとこ発作も多いみたいだし、ひどくなる前に手を打っといた方がいい。」と。
手を打たないもなにも、通院中だっつーの、文句は主治医に言ってくれ。
【2003年3月17日〜19日】

昨夜の当直医の言うことを素直に聞き(笑)入院手続き。
いろいろネットで胆嚢摘出手術について調べていたので、「腹腔鏡下胆嚢摘出手術をやって欲しい。入院期間も短くてすむし。」とお願いしてみると、副院長は「うちは機材がないからできないなぁ」と言っていた。隣で話しを聞いていた外科部長(その病院に最近来たらしい)が後から「副院長はできないと言ってたが、機材は取り寄せることができるし、私はその手術を何回もやったことあるけど、どうする?もちろん通常の開腹術なら今すぐにでもできるけど。」と聞いてきたので、機材を取り寄せてもらって腹腔鏡下でやってもらうことに決定。なにせその病院は家からも近いので、そこでやれるなら身の回りの世話やらでカミさんにかかる負担も少なくなるので、願ったりかなったり。
すぐには機材がそろわないので、今回の入院では手術前の検査(CT、点滴静注胆嚢造影(DIC)、胸部・腹部レントゲン、血液検査、心電図)を先にやっておき、機材が揃い次第、入院・即手術することに。
【2003年3月25日】

検査の結果を聞きに行く。
造影やCTの映像を見る限りでは、胆嚢が肥大している様子もなく、形状も通常そうなので、おそらく腹腔鏡使って手術できるでしょうとの事。
【2003年4月5日】

機材調達の調整がついたので、4/21入院、4/22手術というスケジュールが決定。
【2003年4月19日】

手術前の検査の大詰め(?)内視鏡で胃・十二指腸の検査。
前日の夜9時から絶食(水もダメ)し、まず胃を洗浄する薬を一口飲みさらになにやら粉薬を溶かしたやつを一口(多分、粘膜を溶かす薬?)。その後麻酔薬(キシロカイン)で喉の奥の方でうがい(1分)を3回。このころには喉の奥が腫れぼったい感覚になってくる。
その後検査台に乗り、胃の動きを止める注射を一本。ゼリー状の麻酔を喉に含み5分くらいたったところで「横になって下さい」の指示。左体側を下にして横になるとプラスチック製のマウスピースをくわえさせられたかと思ったら、そこへ内視鏡のチューブがズルズルっと入れられてきた。喉には麻酔がバッチリ効いているのでチューブを挿入される際の嘔吐感はまったくといっていいほど無い。ただ、胃や十二指腸の中でチューブがグリグリ動き回るので「ウ゛ェ〜」っとこみ上げてくる。で、それを耐えようと力が入ってしまうとさらに追い打ちが来るので、力を抜くことが肝要・・・と気づいたのは検査終了間際(爆)
面白かったのは「半永久的にできるゲップ」(笑)。検査しやすくする為に内視鏡の先から空気が出てるのだが、ゲップをしてそのまま胃の入り口と喉を開きっぱなしにしてやると、ず〜っと「げふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜(ず〜っと続く)」と空気がでてくる。これは苦しい中のささやかな楽しみだった(笑)
検査結果は「胃も十二指腸も綺麗。潰瘍もガンもなにもナシ」だそうで・・・。なぜ胆石の手術するのに胃カメラやるのか聞いたところ、「全身麻酔での手術なので、もし胃やら十二指腸にガンとかあったら、そっちを最優先に手術してついでに胆石の手術ができるからです」だそうで・・・納得。
「なんだったら直腸、大腸も検査するけどどうする?」・・・ん?大腸?と聞き返すと検査助手(女性)がニッコリ笑いながら「口からではなく逆バージョンです」と一言(笑)。今回は遠慮しておきました。
【2003年4月21日】

いよいよ手術の為の入院。午前中に胸部・腹部レントゲンを撮り、血圧測定。入院時体重75kg。
12:00、昼ごはんからすぐに流動食開始。
14:30頃、手術の為にお腹全面(乳首のちょっと上くらいから腰骨まで)と右足太ももの裏側を剃毛。太ももの剃毛は電気メスの電極用だそうで・・・(^^;。その後おへその中を綺麗に掃除してもらいました。(腹腔鏡はおへそのすぐ脇を切るので)で、その後シャワー。
16:30頃、第一弾の浣腸。「できるだけ我慢して下さいね〜」とにこやかに言われても・・・・。
18:00、晩ご飯も当然ながら流動食。(手術終了まで絶食)
20:30頃、下剤入りのグレープフルーツ味のドリンク(200cc)と、よく眠れるようにと精神安定剤(イソクリン5mg)が処方されるので両方飲み干す。この下剤のおかげで夜1時間おきくらいにトイレへ行くハメに・・・。
【2003年4月22日】

9:00頃から点滴開始。手術までに2本点滴し、3本目を入れながら手術室に向かうとの事。
10:00頃に最後の浣腸(500cc)。昨夜の下剤のおかげでほとんど出るものなし。
12:30すこし前に鼻から胃液を排出する為のチューブを挿入。全身麻酔の上、内臓の動きを止める注射をするので、このチューブを入れておかないと胃液が逆流して肺に入り、肺炎を起こしたりするらしい。気持ち悪いけど素直に従うしかない(^^;
12:30、車いすに乗せられ手術室へ。手術台に乗り、ももの裏に電極を貼られ、手足を縛られ、パンツを脱がされ(笑)まさにまな板の上の鯉状態。内臓の動きを止める注射をされ、麻酔医が横に来て「はい、これから麻酔をかけていきますね」という声がして、あ、なんか首があたたか・・・・(意識なくなる)・・・・。

麻酔がかかると人工呼吸用の管を口から入れられ、導尿用の管を尿道に入れられ・・・等々いろいろ準備の後、13:30頃に手術開始。その病院では初の腹腔鏡下胆嚢摘出手術ということになるので、院長を始めスタッフの見学が多く、総勢11名が手術室にいたらしい。
胆嚢の摘出が終わり、麻酔が覚めるまで手術室内に私がいる間、先生が摘出した胆嚢を持って手術室前で待ってるカミさんに見せに行ったらしい。「これが摘出した胆嚢です。で、この中に(目の前で胆嚢を開いて)ほら石が3つ。このうち1つは検査にまわしますが、2つはお持ち帰り下さい」と説明してくれたらしい。あぁ、カミさんにビデオ持ってきてもらえばよかった。(カミさんもカメラ持ってくればよかったと後悔したらしい)
そのころ私は人工呼吸用の管を抜かれ気管に溜まった痰を吸引されている最中に運悪く麻酔が覚め、「オ゛ェェェ」(爆)。

15:30頃病室に運ばれ、計測データをワイヤレスでナースセンターへとばす心電図計のセットやら、酸素マスクのセットして、術後の傷の消毒とオムツをされ(ここはなんとなく覚えてる)、術後のレントゲンを撮ってとりあえず一段落。カミさんの話だと病室のある2階の看護師全員じゃないのか?と思える位大勢の看護師が見に来ていたらしい(笑)。私はと言えば導尿の管の違和感をトイレに行きたい感覚が、麻酔でボケた頭の中でゴチャまぜになって何度も「おしっこしたい」と訴えてたらしい。そのたびに看護師に「大丈夫ですよ〜、ちゃんとオシッコ出てますよ〜」と言われていた(笑)。(正直なところ、病室に帰ってきてから一連の処置はまだ麻酔が残っていて記憶が無いに近い)
あと、なんだかやたら寒くて「寒い、寒い」を連発してたらしい。足元に電気アンカ(らしきもの)を置いてもらいヌクヌクになりしばらくうたた寝。
しばらくして、かなり麻酔が覚めてきて、カミさんとちょっと話をして、そのままウトウト眠りにつく。
・・・が、夜中に胃液を排出する為のチューブが気持ち悪くて気持ち悪くて、吐きそうだわツバは飲み込めないわで、何度も看護師に「はずして〜」と懇願。でもダメ(あたりまえ)。オェっとくると切り口に痛みが走るし・・・。なんとか管が喉にあたらない首の向きを探し出し、ようやく寝る。
37.5〜38度くらいの熱。夜中に看護師に頼んで氷枕をもってきてもらう。かなり楽になる。
麻酔が残っているせいか、傷口はそう痛まない。(体動かしたりすればもちろん痛いけど)
【2003年4月23日】

6:30、「採血します〜」で起こされる。朝から針刺されて起こされるのは、なんとも爽快(な訳ない(笑))。
10:00頃、38度くらいの熱がまだ続いてるのと昨夜の管との格闘のおかげで頭がボーっとしてる最中に、看護師2人が来て「体拭きますね〜」と2人がかりで全身拭いてくれた。あ〜、管がなきゃ爽快なのに・・・。体動かされるたびに「オェ」。
14:00頃、回診がありそのときに先生が「これと、これと、これはずしていいよ」と許可が出て、あの忌まわしい胃管、導尿管、心電図用の電極、酸素マスク、血圧計がはずされる。あぁぁぁ超爽快。今までの人生でこれほど爽快なことがあっただろうかと思える位爽快(笑)。導尿管抜く時ちょっと痛かったけど。これで体に残っている管は、点滴用の管と手術時、腹腔内に残った血液やら胆汁やらを体の外に排出する為の管(ドレーン)の2本のみ。
15:00頃、ベッド脇にレントゲン装置がやってきて、術後の腹部レントゲン2枚。病室の他の病人は全員待避させられる。すんません>他の人
16:00頃、痰のキレがよくなるように吸入。人工呼吸器使うと痰が溜まりやすく、そのまま放置すると肺炎を起こすらしい。
18:00、2日ぶりにご飯。当然流動食だけど、うれしい。とはいえ3割程度しか食べられない。
今日から内服薬が変更。毎食後にウルソサンを1錠、ムコスタ(胃の粘膜を保護)を1錠、寝る前にアルタット(胃酸の分泌を押さえる)を1錠になる。胃液の分泌が多いのか?
(導尿管抜かれて以降は、尿瓶を使用。最初はちょっと尿道にピリピリした痛みがあったが、次第に痛みも薄れてきた。(痛いからとオシッコ我慢してると、また導尿するハメになるらしい(^^;))
傷口は痛いことは痛いが、腹帯をしているせいか体を起こしたりする時に「痛くてどうしようもない」という事はない。痛がってジワジワ体を動かすよりも、手をついて「せぇ〜の!」で一気に体を起こしたりした方が楽。(これは帝王切開2回もやったカミさんから学んだ奥義(爆))
【2003年4月24日】

6:30、今日も目覚めは採血(笑) 検温すると36度台に下がっていた。
8:00、朝ご飯から3分粥になる。ごはんについてた「タイみそ」の塩味が嬉しい。完食。
9:00頃、術後初めてベッドから降り、病室内を歩いてみる。さすがに傷跡が痛いのでお腹を抱え前屈みでチョコチョコとしか歩けない。掃除のオバさんがみかねて「歩行器」持ってきてくれた。歩行器使うと結構歩ける。
10:00頃、先生が取り出した胆石(検査にまわしたもの以外の2個)を持ってきてくれる。栗の皮の色(濃い茶色)した笠の開いていない松ぼっくりの直径1cm版といった感じのが2個。あまり綺麗なものではないなぁ。
14:00頃、再び病室でレントゲン。(腹部2枚)
15:00頃、歩行器使ってトイレまで歩いて行き、術後初排便。下痢しているおかげで腹に力入れずに済む(笑)色は真っ黒。食べ物ではなく、ほとんどが胃液などの分泌物だけなのだろう。
16:00頃、昨日に引き続き痰のキレをよくする為の吸入。吸入は今日で終了。
18:00、五分粥になるが、朝・昼完食している上、あまり運動していないので半分程度しか食べれない。でも、入院中完食しなかったのは、昨夜と今回の二食のみ。
(歩行器使って歩くようになったので、午後で尿瓶の使用をやめる。)

今日、ハリポタ「炎のゴブレット」の上巻を読み始める。一日中暇なのでこのペースだと明日で下巻まで全て読み終わってしまう(笑)
【2003年4月25日】

6:30、今日も採血で目覚める。
8:00、全粥(普通のお粥)になる(以降退院までずっと全粥)
10:00、今日は病室ではなくレントゲン室まで歩行器を使って歩いて行く。
14:00、午後の回診時、ドレーンが抜かれた。ちょっとチクっとした感じがするだけだったが結構長い管がお腹からズルズル出てくるのは面白い(笑)。
ドレーンがなくなったので腹帯も取れる。すごく涼しい(笑)。

昨日の予想通り、ハリポタ「炎のゴブレット」全て読み終わる。カミさんにメールで「なんか本持ってきて」と依頼。
【2003年4月26日】

今日は採血なし(\(^O^)/)
術後、ずっと真っ黒な下痢便だったが、今朝から普通の色(爆)になる。下痢ではないけど、ちょっと軟らか目ってな感じ。m(__)m
昨日までは点滴2本+午前中の抗生剤+午後の抗生剤と4本やっていたが、今日からは午前中に点滴1本だけとなる。
起きあがったり、寝たりするときに(あとは、くしゃみと咳)傷口が痛む程度なので、歩行器を使わずに歩く練習始める。

昼過ぎにカミさんがスティーブン・キング著「ランゴリアーズ」っつう本を持ってきてくれた。結構厚めの単行本なので、しばらく保つかもしれない。
【2003年4月27日】

結構歩けるようになってきたので、今日は階段に挑戦(笑)。下りが疲れる。それにしても「立つ」「歩く」というのがこんなに疲れるとは・・・。
点滴1本。
傷口の消毒の時、術後初めて自分の手術跡を見た。今までは腹を見ようと首を持ち上げると傷口が痛かったので見ようとしてなかったのだが、痛みも少なくなってきたので見てみた。おぉ〜、傷口留めてるの糸じゃなくてホッチキスの針みたいなヤツだ。

せっかくカミさんが持ってきてくれた分厚い本だったが、あまりに暇なので読み終わってしまった(笑)さて、困った。
【2003年4月28日】

6:30、採血(トホホ)
11:00頃、回診時に抜糸(というか抜ホッチキス(笑))。先生曰く「この調子なら水曜に退院で大丈夫だね。」\(^O^)/喜びのあまり先生に外出許可をもらう(爆)。
昼ご飯を食べ、早速外出し本屋へ。パソコンの雑誌1冊と単行本(「話を聞かない男、地図が読めない女」)を購入(お菓子やら買わないところがえらい(笑))。
点滴1本。
夕方、石の分析結果が届く。95%以上「コレステロール」だと(爆)。脂もん控えろってことやね。
【2003年4月29日】

点滴1本。
単に胆石だけならこんなに長く点滴する必要ないのだけれど、血液検査時の肝臓の数値(GOT、GPT)がちょっと高めな為、肝機能を助ける薬をずっと入れてるらしい。
午後、このみ連れてカミさんが見舞いに来ると言うので、外出許可もらって運動がてら家まで迎えに行く(笑)。このじは従姉妹と遊びに行ってるらしい。
このみは私を見てもピンとこないらしく、ずーっと「誰?この人?」って顔してた(しくしく)。
【2003年4月30日】

ようやく退院。退院時体重73kg。
4/22から9日間刺しっぱなしにされていた点滴用の針をやっと抜いてもらえた。あぁ、これでやっと管が全てなくなった。
点滴跡と入院中の採血(の失敗)の跡が紫色のあざみたいになってて・・・覚○剤中毒者みたいだ(実物見たことないけど(^^;)。